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日々考抄(2003年7月〜9月) |
| 民話より 2003/09/18 |
このところ、意識して地方の民話を集録した本を見つけては買うようにしています。 それぞれの地方の民話を、地元の人たちが集めて収録した私費出版本を収集しているのには理由があります。それは、あきらかに同じ題材の話が、各地に少しずつ形を 変えて伝わっているからです。 始めは、河童でした。そして、河童話以外でも、そんな類似民話が多いことに気づきました。これはおそらく、誰かが、もちろん、一人ではないにしても、なんらかの意図を持った 人たちが、そんな話を全国に広めているのではないかとの仮説から興味を持ち始めたのがきっかけでした。 次に、興味をそそられたのは、同じ題材がなぜ、変化した話になったのか。それが、単なる語り口の違い程度ならば興味もわかないのですが、ものによっては、まったく別の思想の話になっている。なぜなのだろうか。 興味がわいてきたのです。そこにはきっと、その地域の自然や風土、環境から生まれた地域庶民の心情の違いがあるのではないか。民話を検証することにより、その地域性の差が割り出せないか、それが、現時点での私の興味のポイントです。 さて、話は変りますが、各種の民話を読んでいて、一つだけ、今、ひっかかっていることがあります。 各地に良くある典型的な昔ばかしのパターンです。あるときは女であり、あるときは寺で修行する小僧だったりしますが、夫や住職や、周囲の人からも、感心されるほどの良い妻であり修行中の僧侶である彼らが、実は、 妖怪であったり、河童であったり、狐狸のたぐいだったりします。回りから、感心な妻だ、良いお坊さんだと、褒められているのにもかかわらず、その正体が雪女だったり鶴だったり、人間でなかったことがばれた瞬間、 彼らは人間社会に住めなくなり、自ら姿を消しています。 なぜなのでしょう。もちろん、民話ですから、真実ではない。鶴や蛇、河童や人に化ける狐狸がいるはずはありませんが、仮に、昔は河童や妖怪が本当にいたと仮定しても、だれからも愛され親しまれているそれら化身が、 たとえ、本性は人間でなかったとしても、なぜ、姿を消さなければならないのでしょうか。人間で無いからこそ、人間を超える別の能力があって、それを人のために使っているのに、なぜ、民話の人は、言い換えると、昔の人は、 受け入れず排他したのでしょうか。 一つや二つ、彼らが化身であったとわかったとしても、始めは驚き、恐れもしても、受け入れ、仲良く暮らした。そんな民話があっても良いのにと、探しているところです。 自分と違うもの、異質なものは、たとえ愛していても、優れていると認めていても、それが異質であるという、たったそれだけの理由で排他するのが、日本人の民族性であったとしたら、これは悲しいことなのではないか、私は思っています。 |
| 道路公団民営化問題 2003/09/15 | |
香港にも国営の公団があり、その非効率性が非難の対象になっています。 その一つが国営鉄道KCRの西線ですが、公式に開通延期が発表されました。
いずこの国も、民営化されていない「国営」や「公社」の非効率が指摘されて いますね。国営だからこそ理想的な経営ができているという例をあまり聞きませ ん。逆に、国営が多い放送局などは、政府の宣伝ばかりする、捻じ曲げた報道を するなど、イメージが悪いものです。 そんな意味からも、民営化できる事業は極力進めるべきと思います。 さて、民営化するべきではない事業もあるのでしょうか。あると思います。例 えば道路の建設事業です。道路公団の民営化を進めよとの世論が高いですが、私 はそうは思いません。道路は本来国が管理するべきだからです。民営化されたら すべてが有料道路になってしまう。 現在の道路公団に問題があるのは、役人根性でいいかげんな運営をしているこ と。そしてそれをチェックするべき政治家がむしろその利権にぶらさがっている ことだと思っています。民営化に議論をすり替えるべきではないと思うからです。 まあ、利権を断ち切るのに、民営化を手法として使うということも、一つの方 法ではあると理解はしていますけどね。 |
| マイクロソフトとの戦争 2003/08/31 | |
巨大とはいっても、一企業を相手に、国際的な連合を組んで戦争をしかける。極端 な表現をすると、そんな動きが新聞に載っています。
書かれている理由の他にも、もう一つ裏の理由もありますね。特に中国におい ては、その大半がコピーで使っている。今もし、マイクロソフト社が本気でライ センス料金の徴収を要求したら、おそらく、莫大な外貨が流出することになるで しょうから。 コンピュータが普及し、企業のみならず、一般家庭にまでこれほど浸透してき ている現実を考えると、その基盤となるようなOSが、特定の企業に握られてい るということが異常な事態なのではと思っています。一種の社会基盤であるとも いえるとしたら、極論すれば、国際連合あたりが世界規模で開発しすべて無償で 提供することが、経済の世界安全から考えても理想なのではとさえ、思ってしま います。 今回の「日中韓」の連合も結構ですが、これが、別種の経済ブロックにならな いことを望んでいます。 |
| 外国人労働者を受入れ、労働力鎖国を改め、開国せよ 2003/08/17 | |
このホームページでも、私が常々主張し続けてきたことですが、経済団体も賛同してくれたようです(^ム^;)
先進諸外国は、10%前後の外国人労働者が働いているのが普通です。ところ が日本では、1%に満たないのです。これはあきらかに歪です。 労働者が充分に足りているのならばそれも自然の成り行きですが、少子化傾向 が進み、年金問題が起こっている日本です。労働人口は減り続ける傾向にあるの です。 確かに、今現在は、かつて無いほどの不況下の日本です。失業率も高い。しか し、それと将来を見据えた、労働環境の整備とはまったく別の話です。日本は、 制度として、外国人労働者を拒絶しているのです。これは正さなければならない。 外国人労働者が日本に増えるということは、日常生活の中に、価値観も言葉も 違う人たちが普通に暮らしているということ。それは、たとえ嫌でも、国際化し て行かなければならない、これからの日本を支える子供たちの教育にも、良い影 響をもたらすでしょう。 外国人労働者の流入は、治安の悪化を招くと危惧する人の気持ちも解ります。 しかし、悪い人は人種と国籍を問わず、どこにでもいるのです。 資源も土地も少ない日本が、1億人を超える人口をかかえて存続するためには、 国際化は避けて通れないこと、そのためには、労働力鎖国・価値観鎖国の現状で は、世界は受け入れてくれません。 多少のことは目をつぶり、開国してゆくべきだと私は考えています。 |
| 靖国神社参拝問題 2003/08/10 |
夏は大好きな私ですが、嫌なこともあります。政治家の靖国神社参拝が行われ、アジア諸国からいっせいに非難が巻き起こることです。年中行事にすらなってしまっていますが。 日本人の感覚では、人は、亡くなってしまえばすべてが仏になる。仏に悪はない。ましてや、それが歴史的に良かったにしろ悪かったにしろ、国のためにと行動した結果として犯罪者の烙印を 押されて故人になられた人たちに、平和を願う意味を込めてお参りすることは普通のことと感じます。それが、国の政治を行う人たちならば、むしろ、参拝して欲しいと思うことも自然なことです。 ではなぜ、中国を筆頭に、韓国などが、あれほど激しく非難するのでしょうか。私には、宗教観の違いが根底にあると思えてなりません。 一般に中国や韓国は仏教ではありません。風水などの占いを根底にする道教・儒教です。 それらの宗教には、故人を敬いお参りする習慣はないと理解しています。確かに、先祖は祭る。しかしそれは、自分の家を大切にするとの気持ちからのこと、他人の先祖は祭りません。 お寺に祭られているのは、だれもが望む長寿をまっとうした人、資産を貯め豊かになった人、美貌が認められ、皇帝の后になった人。どれもが、人のうらやむ幸運を得た人です。そんな人にあやかりたいからと 祭るのです。日本のように、非業の最後だった人を、哀れんで祭る、そのようなことはしないのです。 また、以前に台湾や香港映画で盛んに取り上げられたように、死んだ人が甦ると、「キョンシー」となって人を害するとの考え方があります。死んだ人がたとえ善人であったとしても、甦った魂は悪をなすとの考え方です。そして、死者を祭る行為は、甦りを促進させることと理解されているのです。 靖国神社の参拝は、日本人にとっては、国の犠牲になった人の魂を安んじての行為として行われますが、他の国の人には、戦争犯罪者として処刑された人たちの甦りを期待しての行為と受け取られるのです。 先の戦争で犠牲になった国々の人にとっては、戦争責任者を英雄視し、戦争を正当化し、それらの魂を甦らせ、過去に戻りたいとの意志表示と誤解されてしまうのです。 残念ながら、日本の文化や日本人の考え方は、諸外国には知られていないということなのです。 参拝が実行され、非難が巻き起こると、政治家たちは、あくまでも日本人としての常識を踏まえての返答しかしていません。取り上げるマスコミも同じです。 文化の違い、宗教観の違い、考え方の違いを明確にしてから、諸外国に対して説明することが必要なのです。ぜひ、文化の違いを根底に置いた、明確なる説明をして、誤解を解いて欲しいと思っています。 |
| 農業政策は間違っている 2003/08/08 |
牛肉のセーフガードが発動されましたね。セーフガードは明らかに生産農家保護であり、消費者保護でなないといっても、去年の異常な輸入量と比較して 増えているからというのは理不尽です。 テレビの取材インタビューを受けた畜産業の男性も、去年の売上が少なかったから、今それを取り戻すためにセーフガードが必要、つまり、高く売って去年の損失を 取り戻そうという発想です。これはおかしい。去年は去年。今年は今年。市場が自然に決めたリーズナブルな価格で勝負をするのが、あるべき姿と私は思います。 農村の若者の農業離れが言われています。農業が利益を出す構造になっていないから嫌うと主張する人がいます。農政関係者に多い考え方です。本当にそうでしょうか。 東京近郊の各地で暮らしつづけてきました。息子に家業を継がせようと、高価な外車を買い与え、結婚すると家を建てて住まわせる。農家が貧しいなんてことは、少なくとも近郊農業には そらぞらしい説明です。そんな、豊かな農家でも若者は農業を嫌うのです。お金ではない、農業そのものを嫌うから継ぎたくないというのが現実です。だったら、海外から入ってくる農産物の影響ではない。 そもそも日本の現在の社会では農業は成り立たないということなのです。それでも、流入する農産物に高い関税をかけ、それで農家を潤し、農業を続けさせれば食料の自給がそこそこできているのならば、 消費者に犠牲を払わせたとしても、国家全体を考えると意味はあると思います。でも、自給などは元々無理なのです。 現在とは違い、国民のほとんどが農業に従事していた鎖国の江戸時代でさえ、その生産力でまかなえた国民の数は現在の半分以下だったからです。食料の自給など、無理な話なのです。だとしたら、考えを変える必要があるのですが、 官僚も政治家も自給しなければならないという妄想に取り付かれているのではないでしょうか。 現在でも、農業に情熱を燃やす若者はいます。工業が、日本では企業として成り立たなくなった現在、海外に移転して活路を見出しています。農業でなぜそれができないのでしょうか。 かつて、そんな青年達が、海外に移民しました。今また、日本では農業が成立しないことがはっきりしているからには、海外移住による農業と生産物の輸入を、なぜ、真剣に考える人が少ないのでしょうか。 それが、私の不思議の一つです。 |
| 戦争体験を語り継ぐ 2003/08/04 |
ある方からお叱りを受けました(^ム^;) 昨年の秋、ホームページを始めた頃のこのページは、ちょっと辛口の、あくまでも私の個人的な意見を中心とした社会評論でした。 パソコン通信のフォーラムで、しばしばしていたそんな発言は、ホームページとは違って一種の社会公器でもあるフォーラムには そぐわないと、こちらに移して自由に発言していたのです。 いつのまにか、そんな発言が少なくなりました。自分勝手な主張をすることが、本当に良いことなのだろうか。独断と偏見の意見など、だれも読んではくれない のではないかと考えたからです。 しだいに、楽しく読んでいただけると思える内容に変化していました。 お叱りは、また一種の激励でした。まさに、叱咤激励です。高いレベルの話題を提供しなさいとのことだったのです。 そんなお言葉を受け、少しですが、復活を試みようと思います。ただ、あまりにも「自己ちゅう」になりそうなので、ほどほどにするつもりではありますが。 それでは、久々に「戦争体験を語り継ぐ」ことについて書いてみたいと思います。 先の大戦を経験した人たちは、すでにかなりの高齢になっています。そんなことから、貴重な体験を無駄にするのは惜しいとの気持ちから、語り継ぐことが推奨されています。 私の両親もその年代です。しかも、母親は満州生まれ、敗戦を受けての引き上げ経験者。父親は終戦後はロシアに捕虜にされた経験者です。どちらも戦争の被害者です。 先日、母親から「もう、そう長くは生きられないから聞いて欲しい」と言われ、終戦の体験を聞かされました。もちろん、以前にも何度か聴いた話ですので、格別目新しい話では ないものが多かったのですが、本人は言い残しておきたい、そう思ったからなのでしょう。 かなりの長時間にわたる話でしたが、私には、その話が、母親には悪い気はしますが、普遍的な真実とはとても思えませんでした。 もちろん、実体験からの話ですから、嘘ではありません。しかし、ある、限定された視点から見た経験です。残念ながら歴史観察者としての冷静な見方ではないのです。しかも、すでに 60年近くも経過した昔のことです。記憶の中で美化されたり、強調されたりしている内容になっています。そのまま、それが真実として受け取ることには危険が大きいと思いながら話を聴きました。 韓国での慰安婦問題や、中国での虐殺の問題。それらも同じと思います。体験者の生の話はもちろん大切ですが、逆に、体験者であるからこそ真実が見えていないという側面が必ずあるのではないか、 聴くには、そのあたりを考慮に入れて聴かないといけないのではないかと思っています。 同じことは、現在起こっている北朝鮮拉致問題にもあると思います。帰国した拉致被害者の体験談は、そのまま真実と受け取ると間違いになるのではないか。一つの資料としては重要だけれど、それだけが 真実ではない。ましてや、同情心などで聴くべきではないと私は思います。 マスコミは、ことさらに別離家族の悲しさを書き立てるような報道姿勢になりがちですが、事は国と国との国際問題の様相が強く、 個人の事情に過度に左右されることは、国益を損なうことになるのではないかと思うのです。 聴く耳は持たなければならない。しかし、耳を信用し過ぎてはならないということではないかと思います。 |
| 遠野に行ってきました 2003/07/21 |
18日から昨日の20まで、2泊3日で東北の民話の里「遠野」を目的とした 旅行に行ってきました(^0_0^) 18日の午前9時に自宅を車で出発。東北自動車道を佐野インターチェンジか ら入り、仙台南で一旦降り、松島に向かいました。松島では、観光船に乗船して 湾内を1時間ほどかけで遊覧。船を降りたところのみやげ物店で南部鉄器の河童 の置物を買いました。 この日は、仙台にある、「炉端」という居酒屋(「炉端」という言葉を使った 居酒屋が全国にありますが、このお店がその発祥です。ただし、「炉端」では料 理はしません。お酒の燗をするだけ。お燗の器具の前の女将さんが座り、温まっ た徳利を、例の、木のへらに載せてお客に出す。これが、「炉端」スタイルの元 祖です)に行きました。 東北文化研究家でもある女将が、正しい仙台弁で応対します。お店の内装も東 北文化を保存したもの。それも、ただ古い農具などを並べたお店は良く見かけま すが、このお店のそれはまったく違います。文化レベルの高い古い仙台の旧家の 内装を再現しているのです。女将の言葉も、庶民言葉ではなく、武家や豪商の女 性が使っていた品の良い仙台弁なのです。10年ぶりくらいに行ったのですが、 しっかりと名前も覚えていてくれました。 なにしろ炉端ですから、客は全員の顔が見渡せます。女将が話しかける私との 会話は、お客さん全員が聞いています。女将と無沙汰の理由などの会話は聞かれ ています。その後、自然と、客同士が話をすることになります。アットホームな 素敵なお店です(^0_0^) 18日は仙台で泊まり、翌朝から「遠野」を目指し、東北自動車道にふたたび 入りました。花巻インターで降りて国道283号をひた走り。途中では「道の駅」 ごとに止まり、地域の物産を物色しながらの旅です。 「宮守」では、銀河鉄道の「めがね橋」の写真を取り、繭玉で作った河童を買 いました。「宮守物語」という、地もとの民話集も買いました。 目的地「遠野」では、有名な「河童淵」を見学しました。古いお寺の庭にある 小川にその淵があります。 ただ、「淵」が先にあってこの寺が「かっぱ寺」になったのではないことは、 境内にあったプレートと「河童狛犬」でわかりました。「河童狛犬」の方が先に あって、その因縁から、「河童淵」は後から造った観光用の「河童淵」なのです。 普通の観光客では気が付かないでしょうけどね。 遠野の「道の駅」では、たくさんの河童ものを買いました。「かっぱ寺」でも 狛犬のように寺の守り神になっていた木彫りの河童のこけし。かわいい河童のカ スタネットなどなど。このあたりは、ホームページに探訪記などとともに写真を 掲載する予定です(^ム^) 19日は、そのまま283号を走り、釜石で泊まりました。 20日は、283号から45号に入り、祖父の実家である「陸前高田」を抜け、 道を間違え、予定には無かった気仙沼市内観光をしてしまいながら(^ム^;)、一関 インターから東北自動車道に入って帰宅しました。 総走行距離が1200キロの旅でした。自動車道では、サービスエリアには必 ず入り、地元の面白いもの探しをし、国道では、「道の駅」に寄って面白いもの を見つけながらの旅でした。 とても楽しい旅行でした。河童をテーマの自動車での旅行。これからも続くで しょうね(^0_0^) |
| 雑誌付録のROM 2003/07/08 |
かつて、パソコン雑誌に付いている付録のソフトを収納している媒体はFDDでした。 それが、大容量のCD-ROMになった時にはビックリさせられました。 もっとも、最初に付録として付いた時には、残念ながら私のパソコンにはまだCD-ROMドライブが付いていなかったので使えませんでした。 しかし、近いうちにはCD-ROMドライブを導入したいと思っていたので、付録のCDを大切に保管しておいたものです。 いよいよ、ドライブを導入し、ただ1枚のCD版ソフトであるその付録を再生し、それが、 アダルト系のソフト(とは言っても今とは時代が違いますから、胸がちょっと見える程度のかわいいものでしたが(^ム^;)だった ので驚いた記憶があります。 その頃から、雑誌の付録はCD-ROMが定着し、もう、10年近くが経過しています。 私は、香港在住時代から、入手困難な日本のソフトを定期的に入手しようと、Dos/V Power Report誌を 定期購読し送ってもらっていました。CR-ROMに詰め込まれた新作ソフトやバージョンアップ版の入手には便利でした。 そのDos/V Power Report誌の付録が、数ヶ月前から、DVD-ROMに変わりました。これまでのCD-ROM 版ならば、通常のドライブで読めますが、DVD-ROM版では、DVDが読めるドライブ でないと読めません(当たり前(^ム^;) 幸い、主に使っているパソコンには、DVD対応のドライブが付いていますので問 題はありませんが、サブパソコンや、ノートパソコンは対応していません。 こんな事情は誰でも同じです。雑誌社としてはかなりの冒険と思いますが、断行したのですね。 パソコンショップの店頭を見ていると、さすがにまだ書込みのできるDVDドライ ブは値段も高く種類も少ないようですが、CDへの書込みに加え、DVDが読めるだけ のドライブならば、種類も多く値段も下がっています。確実にDVD-ROMの時代に移っ てゆくのでしょうね(^0_0^) |
| 植物はいやしですね 2003/07/06 |
香港では単身赴任の一人暮らしでした。どうしても、殺伐とした部屋になってしまうので、そうはならないようにと、旺角近くにあったフラワーストリートには時々行き、 植木や切花を買い、部屋に置いていました。 帰国し、家族と暮らしているので、差し迫っての必要を感じず1年を過ごしましたが、最近になってまた書斎に植物を置くようになりました。 きっかけは、香港時代の定番植物と同じものを見つけたことです。なんとなく懐かしく買ってきました。 そこで気が付いたこと。香港は亜熱帯、日本は温帯ですから、気候が違うはずですが、売られている植物はほとんど同じなのですね。まあ、日本でのそれらは、 冬になると枯れてしまうかもしれませんが、香港では1年中青々としているというくらいの差でしょうね。 殺伐としている昨今の世相ですが、部屋に植物を置き、せめて自分の書斎の中では、嫌なことは忘れ、平常心でいたいと思います。 |